大判例

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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)1107号 判決

昭和五〇年(ネ)第九〇三号事件被控訴人、

同第一、一〇七号事件控訴人

(第一審原告。以下「一審原告」という。)

新海標

右訴訟代理人

青柳孝夫

昭和五〇年(ネ)第九〇三号事件控訴人、

同第一、一〇七号被控訴人

(第一審被告。以下「一審被告」という。)

甲府信用金庫

右代表者

斎藤勤

右訴訟代理人

斎藤一好

外二名

主文

一  一審原告の控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

1  一審原告の第一次請求を棄却する。

2  (第二次請求につき)一審被告は一審原告に対し、金二、〇〇〇万円およびこれに対する昭和四二年一〇月七日から完済まで年五分の金員を支払え。

一審原告のその余の請求を棄却する。

二  一審被告の控訴を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じ、その五分の四を一審被告の負担とし、その余を一審原告の負担とする。

四  第一項中、一審原告勝訴の部分は、仮りに執行することができる。

事実《省略》

理由

第一原審における一審原告訴訟代理人野中健三(支配人)に適法な訴訟代理権が存在したことについては、原判決理由第一項(原判決六丁裏一〇行目から七丁裏二行目まで)のとおりであるから、これを引用する。したがつて本訴提起および原審における一審原告に関する訴訟行為は、すべて有効である。

また、一審原告の原審における訴の変更が適法であることについては、原判決理由第三項(原判決七丁裏五行目から八丁表五行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

第二保証債務履行の請求(第一次請求)について。

一訴外林寛吉が昭和四二年六月当時一審被告金庫塩山支店長の職にあつたこと、同人が右支店長として(権限の有無はさておく。)別紙小切手目録記載の自己宛小切手二通、金額合計二、五〇〇万円を振出し、一審原告に交付したことは、いずれも当事者間に争いがない。

二〈証拠〉を総合すれば、以下の事実が認められる。

一審原告は新光商事の商号で貸金業を営んでいるが、昭和四二年六月初め頃知合いの元山梨県議会議員(その後甲府市長)河口親賀から、甲府陸送株式会社(訴外会社)へ融資してやつてほしい旨頼まれ、同社とは従来取引関係はおろか、一面識もなかつたので、融資条件として不動産の担保を要求していたところ、一審被告の顧客であつた訴外会社の専務取締役の武井昭三が、「一審被告塩山支店の預手を担保に差入れるから不動産担保は入れないことにしてほしい。」と回答したので、一審原告は右条件で武井の要求する金二、五〇〇万円の融資をすることにした。一審原告は金融機関の預手で融資するなどということは初めてであつたから、念のため前記塩山支店長林寛吉(一審原告も一応の面識があつた。)を同道するよう武井に申し入れたところ、同年六月一四日、武井は林を同道して一審原告の事務所を訪れ、前日までに武井の依頼により作成しておいた本件預手二通を示し、「これで訴外会社の債務を保証するから、貸してやつてくれ。」と申し入れたので、一審原告は、訴外会社に対し金二、五〇〇万円を弁済期同年六月二九日、利息日歩四銭(年利一割四分六厘)で融資することを正式に決め、林から本件預手二通の交付を受けたうえ、即日(六月一四日)五〇〇万円、同月一六日二、〇〇〇万円を武井に交付して訴外会社に貸しつけた。なお、武井は右借入金支払のため、これに見合う訴外会社の約束手形を一審原告に交付したが、支払いができなかつたので、右弁済期直前に、一審原告との間で弁済期を一〇〇日間延長し、本件預手はそのまま一審原告の手もとに保留した(のちこの預手は呈示されたが、期間徒過で支払いを拒絶された。)。

以上のとおり認められる。

三そこで、林の右行為についての権限と本件預手差入れの趣旨について検討する。

1  林が一審被告塩山支店長であつたことは前記のとおりであるところ、支店長は支店の営業の主任者であることを示す使用人であるから、取引の相手方保護のため、商法四二条の適用を受ける。したがつて、林は右支店の支配人と同一の権限(裁判上の行為を除く。)を有するものとみなされ、この点につき一審原告が悪意であつたことの証拠はないから、同条二項の適用はない。そうすると、林は、商法三八条一項に定める支配人の権限、すなわち塩山支店の営業に関する一切の行為をする権限を有していたものであつて、たとえその権限が内部的に制限されていたとしても、善意の第三者に対抗できないわけである(同条三項)。そして、一審原告本人の供述によれば、一審原告は林に加えられた権限の制限については、別段知らなかつたことが認められる。

2  次に、金融機関の支店長においてその支店を支払人とする預手を振出すことがその営業に関する行為であることは、その性質上明らかである。具体的にその限度額や手続が定められていたとしても、それは前記の制限に該当するだけである。要するに、営業に関する行為といえるかどうかは、抽象的にこれを考察すべきであつて、それが適正妥当に行われたかどうかとは別問題である。

また、金融機関が他人(顧客)の債務を保証することは、一種の与信行為として、抽象的にはその営業に関する行為と認められ、その限度や適不適の問題が別論であることは前段に述べたとおりである。もつとも、信用金庫法五三条によれば、債務の保証は直接信用金庫の業務として挙げられていないが、同条にいう「附随する業務」には属するといいうる。さらに、出資の受入、預り金及び金利等の取締等に関する法律三条は、金融機関の役員等がその地位を利用して自己または第三者の利益を図るため、債務保証をすることを禁じているが、それは権限濫用行為を禁じたものであつて、同条は、かえつて、債務保証自体は金融機関の抽象的な営業範囲に属することを前提とするものである。その債務が貸金業者に対するものであつても、適正かどうかは別として、右の点を別異に解すべき理由はない。

3  ひるがえつて林の本件預手振出、差入れの趣旨についてみるに、前認定の事実関係からみて、訴外会社において本件貸金の弁済ができないときは本件預手をもつて支払いにあてる趣旨であることは明らかである(甲第四号証には、このことが明記されており、また本件預手の日付は、貸金の弁済期に合致している。)。〈証拠〉によると、同人は一審原告に、本件預手は取立てに廻さないでほしい旨申入れたことが認められるが、同人は訴外会社が本件貸金をみずから決済するであろうと期待し、不正の発覚をおそれて右の趣旨を述べたと考えられるけれども、右の事実から、本件預手が一審原告との関係で単に紙片としての担保、すなわち武井や林に心理的圧迫を加えるためのものであつたとは、到底いえない。そのようなことでは一審原告が大金を訴外会社に融資するはずはなく、最終的に本件預手で回収できると見込んだからこそ、本件貸金をしたものといいうるのであつて、このことは、一審原告本人の供述からも十分うかがわれるところである。

そうすると、林の本件預手差入れは、その原因行為として、一審原告に対する訴外会社の前記借入金債務を一審被告として連帯保証するにあることは明らかである。通常、金融機関が債務を保証するには、より厳格な手続をふむものと考えられるけれども、それが別段要式行為でない以上、前記のところから、保証契約が有効に成立したと認めるに何の妨げもない。

4  次に、〈証拠〉によれば、訴外会社の本店は甲府市にあることがうかがわれ、第一審被告塩山支店とは二〇キロメートル近く離れていることは地図上明らかであるが、訴外会社はもともと甲府市内の一審被告春日町支店と取引があり、林が同支店長心得時代に武井と知り合つた関係から前記預手振出の依頼をうけた関係にあることが証人林の証言で認められるし、支店の営業範囲については、他の都道府県内ならともかく、同じ山梨県内の取引について、厳格に地域的管轄によつてこれを判定すべきものとは到底認められない。したがつて、林の前記行為は、塩山支店の営業の範囲に属するものと認めるべきである。

5  以上説示のとおり、本件預手振出交付およびこれによる訴外会社の債務保証について、支店長としての林に、一審被告を代理する権限が、善意の一審原告との関係で、存在したといわなければならない。

四1  しかしながら、前段にもふれたとおり、林がその対外的、抽象的に有する権限を内部的関係において適正妥当に行使したかどうかは別問題である。よつてこの点について検討する。

2  〈証拠〉をあわせ考えると、林が振出した本件預手は、振出に必要な裏付資金(別段預金)もなく、用紙も正規の預手用小切手用紙によらず、訴外会社に交付されていた当座用小切手用紙に林がその肩書、氏名のゴム印と支店長の職印を押捺し、武井において金額と振出日(先日付である昭和四二年六月二九日)をチエツクライターで記入したものであること、預手は一般に現金に代わる支払いや送金の手段として用いられるため、先日付のものはまず考えられないこと、林の右振出行為およびこれによる債務保証行為は、以前からの同人と訴外会社ないし武井との浅からぬ因縁から、これまでもたびたびしていた不当な便宜供与の一環であつて、なんら正規の業務ルールによることなく、林が単独でしたものであることが認められる。

したがつて、本件預手振出行為およびこれによる債務保証行為は、まさに林がその権限を濫用してした背任行為であることが明らかである。

3  代理人が自己または第三者の利益を図るため、その有する権限を濫用して代理行為をしたときは、相手方が代理人の意図を知りまた知りうべきであつた場合にかぎり、本人はその責に任じない(最高裁昭和四二年四月二〇日判決、民集二一巻三号六九七頁、同昭和四四年一一月一四日判決、民集二三巻一一号二〇二三頁等)。そこで、一審原告が右の場合に該当するかどうかをみる。

4 前記二および四2認定の事実と、〈証拠〉で認められるところの、一審原告が本件預手取得および本件貸金をするにつき、なんら格別の調査をしなかつた事実とをあわせ考えると、一審原告は、林がその権限を濫用して前記行為に及んだことを知らなかつたことは明らかであるが、しかし、この点について過失があると認められる。すなわち、信用金庫の支店長の営業行為は、一般に信用されているとはいいうるであろうが、しかし、一審原告はいわば街の貸金業者であり、多くの場合、銀行、金庫等の金融機関から融資を受けられないときに利用されるものであるから、訴外会社が一審原告に融資を求めている以上、資金繰りが順調ではないことは一審原告自身が最もよく推察していたはずであり(現に〈証拠〉によれば、訴外会社は当時数億円の負債を負い、資金に窮しており、一審被告からの融資枠もすでになかつたことが認められる。)、かような者に信用金庫が預手で保証するということは、特別の事情がなければならないはずであつて、貸金業者である一審原告としては、林が訴外会社に深入りし、なんらか権限を濫用してかような行為に及んでいるのではないかと疑い、調査すればこれを知ることができたものと考えられる。しかも、前記のように、店頭で事務的な処理を経ることもなく、支店長がみずから一審原告の事務所を担当者も伴わずに訪問し、先日付の本件預手を直接手交しているのである(もつとも、先日付の点自体は、本件預手が債務保証のためのものであるから、日付と債務の弁済期と一致するのはむしろ当然のことともいえ、当裁判所としては必ずしも重視しない。むしろ預手による保証ということそのものに問題の中心があると考える。)。それにもかかわらず、一審原告は、有力者である河口親賀の紹介と支店長の言を一も二もなく信用し、初めての取引先である訴外会社に対し、格別の調査も経ず、経験したことのない預手による保証で満足し、大金を貸しつけたものである。以上の認定判断に反する一審原告本人の供述(弁明)は採用できない。

5  以上説示のとおり、一審原告は、林の権限濫用を知りうべきもの、すなわち知らなかつたことに過失があると認められる。したがつて、一審被告は、林の行為によつて保証の責を負わないといわざるをえない。

五一審原告は、ほかに、林の行為について一般の表見代理による一審被告の責任を主張するが、林の前記行為が対外的に権限内のものと認められる以上、一般の表見代理を適用する余地はないというべきであるが、かりに対外的にみて権限外の行為であるとし、これについての表見代理を主張するものと解したとしても、その点を知らなかつたことにつき一審原告に過失があつたことは前記のとおりであるから、右主張は、結局理由がない。

第三不法行為に基づく損害賠償の請求(第二次請求)について。

一前段認定の事実関係のもとで検討すれば、林は、支店長の権限を濫用し、経営の行き詰つた訴外会社に利益を与えるため、不当に作成した本件預手を一審原告に差し入れ、事実かつ正規に訴外会社の債務を一審被告が保証するかのような言動をし、一審原告をして貸金を確実に回収できるものと誤信させ、よつて訴外会社に金二、五〇〇万円を貸しつけさせ、その回収を不能ならしめたものであるから、林の行為が故意による不法行為にあたり、一審原告がこれにより二、五〇〇万円の損害を被つたものであることは多言を要しない。そして林の行為は一審被告の事業執行につきなされたものと認められるから、一審被告は、林の使用者としての不法行為責任(民法七一五条)を負うべき筋合いである。

二ただ、右のような場合、被用者の職務権限内において、適法に業務が行われたものでないことを、相手方(被害者)が知り、または重大な過失により知らなかつたときは、被害者は使用者に対し民法七一五条による損害賠償を請求しえないと解すべきである(最高裁昭和四二年一一月二日判決、民集二一巻九号二二七八頁)から、この点について検討すれば、前記認定事実のもとでは、一審原告に過失があつたことはすでに判示したとおりであるが、それが重大な過失とまではいえないと認められる。すなわち、一審原告が一般の貸金業者であつて、調査能力の充実した金融機関とは異ること、信用金庫支店長という職責にある者を信用したことには無理からぬ一面もあること、有力者の紹介があつたこと、当時までに山梨県内外で林の本件類似の行為により被害を受けた貸金業者等が二、三に止まらないこと(この点は本件弁論の全趣旨で認める。)等からみて、一審被告が責を免れるに足りる重大な過失が第一審原告にあつたとは、認めがたいところである。

第四弁済の抗弁について。

一審被告は、昭和四二年六月二九日訴外会社が一審原告に金二、五〇〇万円を弁済したと主張し(保証債務消滅、または不法行為の被害回復の双方につき主張するものと解する。)、証人武井の証言中にこれを肯定するかのような部分はあるが、前後矛盾して明瞭を欠き、措信するに足りず、一審原告本人の供述によれば、右日時頃に前記認定のとおり一〇〇日間弁済期を延長したことがあるにすぎないことが認められるから、弁済の主張は到底採用できない。

第五過失相殺の主張について。

一審被告が一審原告に対し不法行為責任を負うこと、被害額が二、五〇〇万円であることは、第三認定のとおりであるが、これまでに認定判断した当事者双方の事情を比較すれば、何と言つても支店長がその地位、権限を濫用した一審被告側の責は重大であると認められるが、一審原告にも若干の過失があること前記のとおりであるから、これら諸般の事情を斟酌し、一審被告は一審原告に対し、被害額から二割を減じた金二、〇〇〇万円を賠償すべき義務があると認める。

第六結論

以上のとおり、一審原告の第一次請求は理由がなく、第二次請求は、金二、〇〇〇万円およびこれに対する不法行為後の昭和四二年一〇月七日から完済まで民法所定の年五分の遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるが、その余は失当であるから、一審原告の控訴に基づき、右と一部結論を異にする原判決を右のとおり変更することとし、一審被告の控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用につき民訴法九六条、八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(瀬戸正二 小堀勇 小川克介)

小切手目録〈省略〉

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